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りらいぶジャーナル

第7回ツアー・ナーン&プレーの旅から

北タイ 山と空と雲と

>>ロー・ギアとエンジン・ブレーキを駆使して尾根道を進むバスの車窓に雄大な山々が広がってきた。山の天気は変りやすいというが、遠い山の端に雨雲がかかっている。下界は快晴だったというのに……。やがて土砂降りの雨、あっという間に視界が霞んでゆく。<<


 急峻な山道をあえぎながら登るツアーバスは少しずつ高度を稼いでいる。朝、プレー市郊外は奇岩が連なるペー・ムアン・ピー森林公園を出て国道101号線を北上、この山道に入るまでは平坦な道が続いていた。

もう、どのくらい登ったのだろう、千メートルはゆうに超えているはずだ。つづら折りの険しく狭い山道には不似合いな観光バス。やがて尾根道に入るや山々の壮大な風景が開けてきた。私たちはナーン県南部山岳地帯にある「ムラブリ族」の居留集落を目指している。

 2005年に開催されたバンコク講演会の後、聴講のみなさんから実際のツアー開催の話が持ち上がり、翌06年より年2回、「まだ見ぬ癒しのタイランドへ」と銘打った手作りの旅が始まった。今回で早や7回を数えるまでになった私たちの旅はこれまで北部、南部、東北部へと一般の観光ツアーでは行かないタイ各地を巡ってきた。

 今回はチェンマイを始めとする北部の観光地とはひと味違った「もうひとつの北部」、ナーンとプレーを巡る北タイの旅である。

 ナーンとプレーの主だった見どころを巡るには3泊4日程度の旅程が欲しいところだ。今回はこれを2泊3日で回ったことから、極めてタイトなスケジュールとなり、予想外のハプニングもあったが、心に残る実に楽しい旅となった。

 総勢21名、ツアー終了後、参加メンバーのみなさんからは素敵な写真や短歌の数々、さらに様々な資料まで頂戴した。

 ナーンの名刹ワット・プーミンとワット・ノンブアに残る素晴らしい壁画、タイ・ルー族の村、国立博物館に展示された黒象牙の秘宝。プレーでは伝統のタイ農民服スア・モー・ホームの買物、ワット・ルアンの高く青い大空と湧き立つ白雲、さらにチークの森やプラトゥーブジャイ・ハウス。どこも印象に残るが、今号ではツアーメンバーのみなさんとのコラボレーションにより、旅のなかでも特に印象深かった北タイの二つの山岳路をご紹介したい。

 私たちが目指した「ムラブリ族」は農耕を行なわず、他民族との接触を極端に嫌う森のジプシーとして北タイやラオスの山間部で原始的生活を営んでいた謎の採集狩猟民族だ。

 20世紀前半、オーストリアの人類学者、ベルナツィークが著書『黄色い葉の精霊~インドシナ山岳民族誌』(大林太良訳・平凡社東洋文庫。⇒「アジア通読本」参照)にてその実態を記した後、この幻の民族は広く世に知られるようになった。

 まるで歌うような優しい言葉を使い、山中にヤシやバナナの葉で葺いた仮住まいの屋根が黄色く枯れるころには忽然と姿を消してしまうことから、彼らは今日でも「黄色い葉の精霊」(ピートンルアン~The Spirits of Yellow Leaf)として知られている。

 かつてムラブリ族の人々と遭遇するのは極めて稀で、現在も確認さている人口はわずか250名余りに過ぎず、近年定住が始まったものの絶滅の危機に瀕する東南アジア最後の少数民族といわれる。


 ロー・ギアとエンジン・ブレーキを駆使して尾根道を進むバスの車窓に雄大な山々が広がってきた。山の天気は変りやすいというが、遠い山の端に雨雲がかかっている。下界は快晴だったというのに……。やがて土砂降りの雨、あっという間に視界が霞んでゆく。

 やっと到着したソンテウへの乗換え地点、雨はますますひどくなる一方だ。「……!」、なんと豪雨によるぬかるんだ道に集落から迎えのソンテウが降りて来られないという。あと少し、ほんの少しで幻のムラブリ族に会えるというのに……。

 結局激しい雨はやまず、集落への訪問は断念、神々の山は一見の日本人観光客を寄せ付けなかった。ナーンへと続く国道に戻ってみればウソのような晴天、いったいあの山上の驟雨は何だったのだろう。


 この日の午後はナーン市街から国道1080号線を北へとたどり、名刹ワット・ノンブアとタイ・ルー族の織物工房を見学。その後バスはさらに北上、ナーン王国建国の地とされるプアの町からドイ・プーカー国立公園を横断する山岳路、1256号線へと入った。目指すは山々の反対側、古式製塩法が残るというボー・クルアの村である。

 午後3時過ぎにプアの町を出発、またしてもロー・ギアとエンジン・ブレーキの連続だ。時速は20キロ以下だろうか、バスはアップ・ダウンと急カーブの連続する山道を再びあえぎながら登ってゆく。
 尾根道に入るや北タイの山と空と雲の大パノラマが開けてくる。噂にたがわぬ素晴らしい眺めだ。ボー・クルアが近づくころには、遥かラオス国境の山並みが車窓いっぱいに広がってきた。


 午後5時。わずか40キロほどの道のりを2時間かけてようやくボー・クルアの村に到着。「塩の井戸」という名のボー・クルアは山峡に開けた小さな集落だ。

 時ならぬ日本人ツアーバスの横付けに村人たちの好奇の視線が集まる。数億年前、この地は海の底にあったといわれる。その名残だろうか、掘られた井戸からは黒々とした水が汲み上げられ、これを蒸留して良質の塩が出来る。舐めてみるとしょっぱさの中にもほのかな甘みを感じる不思議な味だ。

 遠い昔、この塩を求めてははるばるチェンマイやルアン・パバーンから象に乗った商人たちがやってきたとのことだ。その製塩法を今に受け継ぐ、忘れられたような山間の村。清流の背後には深い山々が連なり、村人は皆が優しく穏やかな笑顔を湛えていた。

 ここで大ハプニングが生じた。帰路、この村を通る国道1081号線でナーン市街へ戻る予定であった。約90キロ、山道ではあるがゆっくり走っても2時間とかからぬ距離である。

 ところが、なんということか、途中崖崩れでナーンへの道が通行止めとのことだ。もうすぐ日没。まさか日が暮れたあの山道を引き返すわけにも行かない。が、やはり1256号線を引き返し、プアの町から1080号線に出てナーンに戻るしか方法はない。運転手氏は「マイ・ペン・ライ!」というが、急峻な夜の山岳路に心配は募るばかりである。
 午後6時過ぎ、バスは暮れなずむ辺境の山道へと引き返し、また険しい登りに入った。

 思い返せばこの夜の山越え、尾根道が忘れえぬ思い出を作ってくれた。山々に沈む夕陽、往路では見過ごしてしまった、世界でここナーンの山にしか自生しないという「チョンプー・プーカーの木」では一時停車。まさに暮れんとする深山に広がる森の大気に触れることができた。

 チョンプー・プーカーは乾季の2月、薄桃色の花を咲かせ5月に実を結ぶといわれるが、なんとメンバーの撮影した写真にこの希少な「実」が映っていたのである。
 すっかり暮れた夜の山道をツアーバスは行く。夜空にきらめく満天の星がずっとバスを追いかけてくる。深い藍色のコントラストの中に山々の稜線が浮かび上がり、遥かな高地民族の集落には淡い生活の灯りがまたたいている。こんな山奥にも人の生活がある。私たちの日常からは思いも及ばぬ人の暮らしがある。

 やがて道は下り坂となり、遠くプアの町灯りが見えた時には言いようのない安堵感に包まれた。

 結局、1081号線を走る倍の時間を要して午後9時にナーンに帰着、遅い夕食を取ってホテルに入ったのは午後10時を回っていた。ツアー始まって以来の大ハプニング、メンバーのみなさんには大変な思いをさせてしまった。
 思い出尽きない北タイの旅であったが、これも素敵な旅仲間あってのこと、誌面を借りて心より御礼申し上げたい。

■まだ見ぬ癒しのタイランドへ■
第7回ツアー「ナーン&プレーの旅」概要

日程:2009年5月22日(金)~24日(日) 2泊3日
   (※オプション3泊4日)
   (※帰路ランプーンのパワナ・ガーデン・ホテル宿泊オプション設定)
企画:小田俊明
   (コース策定・コスト積算・Bid Evaluation・ツアーガイド作成・催行Agentおよびホテル等の選定・その他交渉全般)
催行:Natthaphat Tour Chiangmai
    (T.A.T. License No. 23-0568)
   (Scope:タイ国鉄北本線デンチャイ駅よりチェンマイ空港まで)
備考: 本ツアーではこれまで参加メンバーのみなさんが以後タイ各地へ自由な旅ができるよう様々なノウハウの伝授を行って参りました。よって、今回もまた往路タイ国鉄の特急券、復路TG国内線の航空券は原則として各自手配といたしましたが、バンコク在住の歌人・森上美恵子氏にはこれらの手配面で多々ご協力いただきました。あらためて御礼申し上げます。
     
※今回はバンコクにて発行の日本語情報誌「Web」2009年9月1日号掲載の「アジア浪漫街道」と同時リリースです。ただしWeb誌紙面、リタイアメント・ジャーナルのURL構成上、一部記事内容が異なります。

【写真・文】小田俊明  旅行作家。大手エンジニアリング会社に在職中、中東を中心に世界各地の大型プラント建設プロジェクトを歴任。早期退職後、2002年より執筆活動に入る。タイでは同国政府観光庁他の要請により、日本人にまだ知られていないタイ各地を巡り、その魅力を現地バンコクの情報誌等を通じて紹介。中高年層にも向く新しい切り口の紀行エッセイとして『ウィエン・ラコール・ホテルの日々』(文芸社)にまとめる。本ウェブに小田俊明のアジア通読本も連載中。

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