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りらいぶジャーナル

『黄色い葉の精霊』

『黄色い葉の精霊』
ベルナツィーク著・大林太良訳(平凡社東洋文庫・1968年2月初版発行(絶版)、同ワイド版2006年11月刊)
2730円(品切れ中)


 Google Earthを開いて地図をインドシナ半島上空に固定してみよう。次に国境線を消してみると、画面右上に緑濃い山々を見ることができる。中国雲南省からミャンマー、ラオス、北タイへと連なるこの深い山々に、東南アジア最後の採集狩猟民族とされ、ピートンルアン(黄色い葉の精霊)と呼ばれる謎の山岳少数民族が人知れず数千年にわたって生き続けてきた。

 今日ではムラブリ族として知られるピートンルアンは現在確認されているその実数わずか250名余り。近年、タイ国内にて居留地が設営され定住化が進んでいるが、文字を持たず、過去や未来といった時間的概念がなく、他民族との接触を極端に拒み続けたこの森の民がなぜ長きに渡り山深い地で存在し得たのか。

 本書の初版は今から40年ほど前の1968年、オーストリアの民族学者ベルナツィークによるインドシナ少数民族誌として平凡社東洋文庫より刊行された。
 ベルナツィークは婦人を伴って1936年から38年(昭和11年~13年)にかけて同地域を探査、これが本書のベースとなっている。
 この時代、まだ幻の存在であったピートンルアンやインドシナの山々に生きる少数民族、さらに今日でも謎の海洋民族とされるモーケン族を追った調査紀行は学術的にも極めて貴重なものとされる。読み進むにつれ、インドシナをめぐる往時の時代背景とともに圧倒的面白さでページをめくるのが惜しいほどだ。散りばめられた古い写真の数々も興味深く、そのひとつひとつに新鮮な驚きがある。

 過日、評者はピートンルアンの居留集落を訪ねたが、あと少しという地点で滝のような豪雨に行く手を阻まれ、断念せざるを得なかった。それほど北タイを巡る自然環境は厳しく山々は険しい(⇒「まだ見ぬ癒しのタイランドへ 第7回ツアー・ナーン&プレーの旅から」参照)。
 2006年11月、平凡社東洋文庫から大きな活字によるワイド版も刊行されたが、現在これも品切れ中とのこと。見事な自然描写と貴重な記述に富んだこの傑作は電子書籍としてe-Book Japanで販売されているようだが、アジアの知られざる良書を刊行し長い歴史を持つ東洋文庫において、せめてOn-Demand Book(読者の依頼による刊行)の範疇に加えて欲しいものである。


小田俊明のアジア通読本バックナンバー

【小田俊明】旅行作家。大手エンジニアリング会社に在職中、中東を中心に世界各地の大型プラント建設プロジェクトを歴任。早期退職後、2002年より執筆活動に入る。タイでは同国政府観光庁他の要請により、日本人にまだ知られていないタイ各地を巡り、その魅力を現地バンコクの情報誌等を通じて紹介。中高年層にも向く新しい切り口の紀行エッセイとして『ウィエン・ラコール・ホテルの日々』(文芸社)にまとめる。本ウェブにコラム「まだ見ぬ癒しのタイランドへ」連載中。