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りらいぶジャーナル

介護労働のグローバル化 私はこう見る

問われる介護問題に対する真剣度
小ヶ谷千穂(横浜国立大学准教授)


――送り出し側のフィリピンは「ケアギバー」と「家事労働者」とを区分していますが、実際は家事労働者も雇用主の家庭で介護をしているケースが多いようです。両者の違いは何ですか。

「家事労働者よりもケアギバーのほうが専門的技能を持った労働者であるとして差別化して送り出したいというフィリピン政府の思惑があります。労働者もケアギバーは家事労働者よりも格が上という見方をしています。

 ただ、ケアギバーのさらに上に看護師もありますので、操作しやすいカテゴリーといえます。それはどういうことかというと、台湾や香港などでケアギバー(台湾では「ケアテイカー」)が実際に行っている仕事は家事労働者とあまり変わりません。つまり、実質がどう違うかというよりも、むしろ受け入れる側が労働者をどう見るかで変わってくるのです。

 原則、家事労働者は介護スキルがないことになっていますが、2006年末から家事労働に関しても家事のスキルトレーニングを受けることを推奨しています。最近、インドネシアなどが家事労働に台頭してきて競争が激しくなっていることから、より質が高く技能の高い労働者がフィリピンにいるということをアピールしたいため、一般的な家事労働者よりも訓練を受けた人を出したがっているようです。
 ただ、ケアギバーが「スキルがある」、とすることで、逆に家事労働者が格下げされてしまうことにならないかと懸念しています」

――今まで家事労働者として従事してきた人が新たにケアギバーとしてトレーニングを受けることはあるのでしょうか。

「ケアギバーになるにはフィリピン技術教育技能開発庁(TESDA)の定めたカリキュラムによるトレーニングとアセスメントを受けます。

 しかし、今まで長く就労してきた家事労働者は雇用主との関係性のなかでそのまま仕事ができるので、わざわざ訓練を受ける人は少ないのではないかと思います。むしろ初めて外国で労働する人、または過去に外国に行ったことのある人で、一度フィリピンに戻ってから再度外国で働くという人が訓練を受けるでしょう。日本の場合でいえば、以前エンターテイナーだった人が今度はケアギバーとして労働を希望する、という可能性もあるかもしれませんね」

――フィリピン人が外国で介護労働に携わっているという現状について教えてください。

「雇用契約は国によって違いますが、香港やシンガポールのようにだいたい2年契約です。ケアギバーのカテゴリーで見ると送り出し数の一番多い国が台湾で、施設労働と在宅労働の2つがあります。台湾の次にカナダ、イスラエルと続きます。
 けれども、フィリピン国内でもともと介護労働をしていた人はほとんどいません。介護を職に選ぶということは外国に行ける機会が開かれるという意味です。介護を需要している側が彼女たちを介護労働者にしていくのです。

 今春、フィリピンの数少ない高齢者施設を訪ねてみましたが、そこで高齢者を世話している人たちは海外で働くために介護学校に通っている、看護師や介護士をめざす学生たちで、ボランティアで行っていました。つまり、介護の練習に来ている人たちですから入れ替わりが激しく、入居者にしてみたらどうなのだろうと思いましたね。

 また、フィリピン国内の介護施設で働く人のなかで、ケアギバーの資格を持っている人はほとんどいませんでした。つまりケアギバーとは海外向けの資格なのです。ですから、フィリピン国内でも日本人など外国人高齢者を入居対象としている施設で働く人は資格を持っていると思います」

――そもそもケアギバーというカテゴリーができたのはいつですか。

「国としてケアギバーを言い始めたのは統計で見ると2001年。そのカテゴライズもしょっちゅう変わるのですが、国家資格ができたのは03年です。
 ただ、例えばカナダでは、カナダの業者が政府を通さずにフィリピンの学校や大学と直接交渉してケアギバーの養成と受け入れを始めていました。それは1990年代後半からあったようです。つまり、先に民間が始めたことに対して、政府が追従するという形になりました」

――残された家族の介護についてはどうですか。

「すぐに介護をしなくてはいけないという状況ではないでしょう。ただフィリピンでこれから高齢化が進んでいくと、長期的視野ではコミュニティで世話をしなくてはいけないとか、誰が介護するのかという問題も出てくるかと思います。

 フィリピン人の平均寿命は、全体平均が70.45歳、男性は67.83歳、女性が73.08歳です。60歳以上の人口は2004年のデータで6.9%ですが、2025年には18%まで上がるだろうといわれています」

――介護労働や家事労働が女性化しているのはどんな理由があるのですか。

「一般的に家事労働者の場合、受け入れ国側の女性の高学歴化によって必要とされるのが家事や育児ですから、女性向けの仕事として受け入れるということがあります。歴史的にみても、家事を自分より階層の低い女性にさせるということはどの世界でもありました。特に最近、東南アジアで中間層が増えているため、急速に需要が増えているのだと思います。また、エンターテイナーの場合は業界としてフィリピン女性が接客するという形が出来上がってしまったので、必然的に女性労働者であったわけです。

 それから、例えば製造業の場合、より安く雇える労働者がいる地域に生産者が移動します。一方、家事や介護のような人の世話をする、あるいはサービスを受ける人に密着する労働、これを再生産労働と呼んだりしますが、それはサービスを提供する側が動かないと成り立たないので、ものづくりの国際分業とは逆の形になります」

――人の移動という点から、フィリピンという国はどう捉えられますか。

「一方的にフィリピン人がやって来るという話ではなく、日本の例でも明らかなように、受け入れる側の社会や経済の変化がフィリピン人を呼び寄せるという側面が相当あります。そこに政府がうまく便乗したこと、それにもともと植民地国だったということもあって、フィリピン人にとって外国に行くということが一種の憧れであり、同時に身近であるということなどいろいろな要素がマッチした国です。世界中に人が出ている例として中国がありますが、中国とはまた違います。海外からも選挙ができるようになって、国の施策も海を飛び越えていくという形は非常にユニークです。

 逆にいえば、フィリピン人の動きを見ていると世界の動きがわかるということです。世界の縮図といえるでしょう。必ず世界の動きに適用してきていますから。そういう意味で研究対象としては興味深い国ですが、国としてはどうも先が見えにくいですね」

――ケアギバーとしての日本への期待度は最近いかがですか。

「昨年末にフィリピンを訪れたときは当然魅力を失っていました。民間業者が入る隙がないと怒りを露わにする人もいましたね。日本でなくても他国に需要はあると見ているので、日本に対しては相当冷めています。非常に臨機応変に対処できる社会なので、今の状況では明らかにテンションは下がっています。しかも日本の受け入れ条件は厳しく面倒ですから、優秀な人は来なくなると関係者はみな思っているでしょう。

 フィリピン看護師協会はEPA(経済連携協定)批准反対を掲げています。わざわざ日本でなくてもイギリスやアメリカに需要がありますし、もし日本に行ったとしても看護助手しかできないのであればプライドが傷つく。日本の受け入れ姿勢はフィリピンの足元を見るようなやり方だと思います。しかし、世界のマーケットの動きを見ると、そういうことも言ってられないのではないかと思いますね」

――フィリピン人介護労働者の受け入れに関して、どんな見解をお持ちですか。

「現時点では、新たにフィリピンから受け入れるのではなく、在日のフィリピン人たちに活躍してもらう可能性が高いでしょう。すでに全国でそういった動きが少しずつ始まっています。

 ただし、日本人の介護労働の環境が悪過ぎるということはよく聞きますから、それを解決しないで外国人に頼むということになると、受け入れ後に労働者の間であまりいい関係にはならないと思います。ただ労働者が不足しているから外から連れて来ればいいという問題ではないのですから。

 受け入れに反対している介護労働者も巻き込んで、フィリピン人の職業機会を広げるということも考えながら、抜本的に日本の介護をどうするかという大きな問題として捉えないと難しいのではないでしょうか。

 私は現在のEPAの枠組みで受け入れるのには賛成ではありません。今、EPAのフィリピン国会での批准が環境問題等反対運動によってストップしています。介護労働者をEPAに含ませたことが裏目に出ています。介護はEPAの広い枠組みのなかの一つですが、何となく問題をうやむやにしています。EPAよりも二国間の労働協定のような形で位置付けないと、フィリピン側もこの問題に真面目に取り組んでくれないのではないでしょうか。

 もし、このまま受け入れたとしたら、今まで日本が抱えたことのない解決困難な問題が起きるでしょう。長期的にフィリピンとどう付き合っていくのかを考えながらでなければ、実現は難しい。アジア地域全体の高齢者のケアまで考えなければならない気がします。
 日本がどこまで真剣に受け入れの用意があるのかを示さないと、もう来てくれなくなるのではないかと思います。フィリピンは世界を相手にしていますから」

――現状のままで受け入れた場合、問題として考えられることは何ですか。

「まず、優秀な人は来ないのではないか、という懸念があります。
 それから、あらかじめ政府が考えているような決められた職場ではなく、より条件のいい職場に移ってしまうことも考えられます。政府が望ましくないと思っている状況を逆に作ってしまうのではないでしょうか。

 また、労働者の権利という観点では日本人と同じ労働条件とはいってますが、それをどこまでチェックできるのか。さらに日本人と同じという条件を守らせるためには、日本人の条件をよくしないと現場で規範ができません。そういう意味で、日本の介護問題に取り組む真剣度が問われると思います。

 さらに入国管理についてもいまいち制度があいまいでよくわかりません。たとえば、定住が可能になる、といったことを言わないとフィリピン人にとっては長期的には魅力的ではないですね。将来的に日本で暮らせるとか、家族を連れてきてもいいとか、そういうことまで提示すべきでしょう。逆に先を見通さず、とにかく日本で働ければいいという人が来たとしたら、結果的に介護の現場から離れてしまうということも起きかねないのです。

 つまり、日本に定着をしてほしいのか、それとも循環してほしいのか、そこが明確になっていない。フィリピン人は世界を相手にしているので、次はどこ、その次にはどこへと移動することに抵抗がないですから、長期的ビジョンを示さないといい労働者は来ないと思います」

(2008.03.25)