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りらいぶジャーナル

『闇の子供たち』

梁石日著(幻冬舎文庫・2004年4月文庫初版発行)
686円+税


 タイを舞台に幼児売買、幼児売買春、さらには闇の臓器売買といった社会問題を鋭く描いた迫真に満ちた小説であり、本年夏映画化され、大いに話題を呼んだ。

 本書をある側面から見ると実に興味深い事実に行き当たる。これまでタイを舞台にした小説の多くは地理的、時間的描写が杜撰であることから、小説自体の面白さが半減してしまう作品が多かった。

 ところが、本書におけるそれは驚くほどの正確さで綴られている。もちろん、本書はあくまで「小説」であり、その技法によって誇張なり数値を変えて書かれている箇所が多々あるが、こうした点もまた本書をしてノンフィクションかと思わせる所以であり、綿密な取材に裏打ちされた作品であることが伺える。

 前半は圧倒的迫力で読ませる。なぜ親から捨てられる子どもたちが出てくるのか。その子どもたちは誰の手によって闇から闇へと売買され、幼児売春を強いられるのか。どういう人たちがその子どもたちを買うのか。そうした子どもたちの末路はどうなっていくのか。

 後半はそうした子どもたちを巻き込んだ闇の臓器売買から臓器移植の問題を軸に物語は進む。正常の神経の持ち主であれば、全編読むに耐えない、悪こそが正義といった世界が展開する。これに相対する主人公とその組織の正義は小説のなかでさえ取るに足らぬ存在だ。こうした悲しい現実は大なり小なり確かに存在した。

 本書に記される子どもたちの実態は世界的に見ても深い闇に包まれたままだ。これを善悪の基準で判断するならば、善すなわち正義は悲しいほど弱く、悪はどこまでも強い。

 著者は貧困の連鎖からくる幼児売春や臓器売買など世の理不尽な現実に「小説」という媒介を通して深く切り込み、欺瞞に満ちた政治や社会はこれに向き合う私たちひとりひとりの問題なのだと問いかける。平和な日本に暮らす私たちは思いも及ばぬ世界を描いた著者渾身の力作である。

【小田俊明】旅行作家。大手エンジニアリング会社に在職中、中東を中心に世界各地の大型プラント建設プロジェクトを歴任。早期退職後、2002年より執筆活動に入る。タイでは同国政府観光庁他の要請により、日本人にまだ知られていないタイ各地を巡り、その魅力を現地バンコクの情報誌等を通じて紹介。中高年層にも向く新しい切り口の紀行エッセイとして『ウィエン・ラコール・ホテルの日々』(文芸社)にまとめる。R&I-Webにコラム「まだ見ぬ癒しのタイランドへ」連載中。