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りらいぶジャーナル

旅が生んだ人生ドラマ

山と自転車と出会いを謳歌する田添正さん
『還暦 旅と人生』田添正著(東京経済)

 旅と出会いが自身の人生ドラマを築いたといっても過言ではないだろう。「“寅さん”と“釣りバカ”を地でやっている」という田添正さんは還暦を機に、一気にその半生を書き上げた。「常にノートを持ち歩き、電車に乗っているときでも歩きながらでも思い出したことを書き留めていきました」。友人や知人に、原稿には実名を記すことの確認を取ると、「自分の名前が本に載るなら」とみな喜んで承諾してくれた。


 友人一人ひとりにメッセージを添え、完成した本を贈ったところ、手紙で、はがきで、E-メールで、「一緒に旅をしている感じがする」「吸い込まれるように一気に読んでしまった」「元気が出た」「いかに人の輪を大事にしているかが伝わってきた」などたくさんの感想が寄せられた。なじみの飲食店に見本を置いていると、客から注文が舞い込むこともあるという。


 田添さんはこれまでの人生のほとんどを山と旅に費やした。すべての始まりは大学夜間部でワンダーフォーゲル部に入部したことだ。

 入学当初、歌うことが好きだったこともあって合唱部に入部していた。だが、「なぜ、天気がいいのに室内で歌うのだろう」と物足りなさを感じていた。そこで、ふと新入生の勧誘をしていたワンゲルで山のアルバムを見せてもらったことを思い出したのだ。山の写真がまぶたに浮かんだとき、もう足はワンゲルの部室に向かっていたという。最初の登山で奥多摩から雲取山を歩いて以来、山の虜となった。「生まれ育った故郷に帰るような気持ちでした」と田添さんは山への思いを語る。

 それがいずれ自転車の旅へと広がった。大学の通信教育部に所属しているときに海外スクーリングでカナダに渡航したが、帰国直後、北アルプスを縦走中に「日本をもっと見たい」という思いが湧いてきた。中学生のころに初めて遠出のサイクリングを経験し、大学生のときにも伊豆半島を一周している。自転車なら日本を一周できると、まずは「広大な大地に憧れ、夢がある北海道をめざした」という。そして、とうとう日本一周を果たし、さらに50歳を目前にして台湾一周を成し遂げた。
(北海道1周自転車旅行の計画書とルートを示した地図)

 だが、ただ山を歩くこと、自転車で走ることだけが田添さんの旅の楽しみではない。「旅の醍醐味は人との出会いですよ」と旅の本質を突く。「黙っていては何も始まらない。『シャッターを押しましょうか』でも『ハロー』でも『Can I help you?』でもいい。日本でも海外でも通用する。そこからドラマが広がるんです」。

 田添さんのかばんのなかにはボロボロになったトラベル英会話のハンドブックが入っている。「4、5冊使っていますが、持ち歩いてすべて丸暗記しました。一つ単語が口から出れば、すっと(会話文が)出てきます」と笑う。近所でも外国人を見かけたら必ず声をかけるという。「彼らは日本に興味があって来ているのですから」。そんな出会いから、ドイツ人女性を鎌倉・江ノ島に1日案内したこともある。

 台湾の玉山にも登っているが、そのとき付いたガイドは現地の大学院生カップル。初めて出会った2人だったが、田添さんのためにいろいろと世話を焼いてくれた。「彼らも最初は片言の日本語で話しかけてきましたが、お互い面倒になって英語で話すようになりました。でも、私も彼らも英語は片言。それでも英語を母国語としない者同士で通じ合えるものです」
 特に、初めてでも家族ぐるみで歓待してくれる台湾の人々との出会いは印象深いようだ。

 こうした旅にはそれぞれ違った物語がある。そのすべての旅の計画書から記録、出会った人々との手紙やE-メールでのやりとりまでしっかり残している田添さんは、これらを本にまとめようと思うのは必然的かもしれない。オールフレンドリーな性格から新聞記者とも仲良くなるのが得意で、自転車旅行や登山の記録など地元神奈川新聞を初めとする地方紙にも数多く取材され、掲載された。また故郷、長崎県西海町(現西海市)の広報や大学報などにも投稿している。こうした山のような資料をベースに本書ができあがった。

 だが、物語はまだまだある。「“寅さん”張りの恋愛シリーズ、仕事に絡めた“釣りバカ”シリーズもあります」
 旅からドラマが始まる――。田添さんが旅を続ける限り、ドラマに終わりはない。

●『還暦 旅と人生』田添正著(東京経済)1200円+税
(2009.6.13)


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