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りらいぶジャーナル

『貧困のない世界を創る ソーシャル・ビジネスと新しい資本主義』

ムハマド・ユヌス著 猪熊弘子訳(早川書房・2008年10月25日初版発行)
2000円+税


 グラミン銀行総裁のムハマド・ユヌス氏は2006年度ノーベル平和賞の授賞記念講演で次のように語っている。

「世界の所得のうち94%は世界の40%の人々のところに集まり、残りの60%の人々は世界の所得のわずか6%で暮らしています。世界人口の半分にあたる人々は1日2ドルで暮らし、1億を超す人々がわすか1日1ドル以下で暮らしているのです。これでは平和はもたらされません」

 ユヌス氏は「貧困は平和への脅威であり、あらゆる人間の権利の否定である」と訴える。

 米国発の金融危機はあっという間に世界経済を呑込み、今、資本主義はその根底が大きく揺らいでいる。本年2月16日、内閣府によって発表された日本の実質GDP(国内総生産)は年率12.7%減と主要国では最も激しい落込みとなり、内外需ともに底が見えない大不況となった。長年企業社会に於いて「利潤の追求こそがすべて」と信じ、それを実践してきた評者は本書一読後、ここに書かれている概念や事実がにわかに理解できなかった。

 しかし、何度か読み返すうちに、それはクラクラとめまいを覚えるほど強烈な印象となって迫ってきた。現代資本主義社会のビジネスにおいて、これまでいく度となく味わってきた「何かが違うのでは」という心のなかのわだかまりが次第に晴れてゆく、そんな不思議な感覚が湧き上がってきたのである。

 かつて、バングラデシュは救いようのない世界最貧国と揶揄された。ところが、近年の同国の著しい成長はどうだろう。今やBRICsに次ぐ新興国“Next 11”にも選ばれた。この発展の礎を築いたのは世界最大級ともいわれるNGO、BRAC(Bangladesh Rural Advancement Committee)を始め、グラミン銀行などを興した人々の英知とたゆまざる努力の賜物である。

 ソーシャル・ビジネス、マイクロクレジットといった概念はいったい何なのか。人間本来が持つ創造力に賭けたこの新たな概念とその成功物語は、まさに「新しい資本主義」として次の世界を創り出していくかもしれない。いや、それはもう世界各国で始まっている。

 優れた啓蒙の書として、また既成概念を取り払う経済書として、特に実業界にある方々に一読をお薦めしたい。

◆バックナンバー
『バンコク バス物語』
『闇の子供たち』

【小田俊明】旅行作家。大手エンジニアリング会社に在職中、中東を中心に世界各地の大型プラント建設プロジェクトを歴任。早期退職後、2002年より執筆活動に入る。タイでは同国政府観光庁他の要請により、日本人にまだ知られていないタイ各地を巡り、その魅力を現地バンコクの情報誌等を通じて紹介。中高年層にも向く新しい切り口の紀行エッセイとして『ウィエン・ラコール・ホテルの日々』(文芸社)にまとめる。R&I-Webにコラム「まだ見ぬ癒しのタイランドへ」連載中。