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りらいぶジャーナル

新しい風に吹かれよう

●松木 正さん

 一橋大学大学院言語社会研究科修士課程をまもなく修了しようとしている松木正さん。33年間勤めた商船会社を第1次定年(55歳)で退職、関連会社で3年半役員を務めた。そして2006年6月に退任し、翌春同大学院に入学した。

「言語社会研究科のホームページに日本語教師の育成講座を立ち上げると書いてあったんです。面白そうだと思い、すぐ説明会に行きました。その後1、2年経っていましたが、だんだん大学院で日本語教師としての勉強をしたいという方向に気持ちが傾いていったんです」
 一橋大は松木さんの息子さんの母校だったこともあり、親しみがあったそうだ。大学のある東京・国立の環境も気に入ったという。
 同級生は11人。学部卒業生から留学生、日本語教師経験者などそれぞれ年齢も背景もバラバラ。講義内容や実習など「ほとんど初めてのことばかりで新鮮。毎日が飛ぶように過ぎて行った」と振り返る。
 また、教員も学生も松木さんより年下だ。入学当初は「はたして若い人たちと一緒にやっていけるのか」と肩に力が入っていたが、意識するほどのことはなかったという。「身も心も学生になって気持ちがよい。居心地がいいですよ」と余裕の表情だ。
 3週間行われた教育実習では留学生を相手にした。また、中国の北京大学日本語学科でも実習を行った。
「教案の準備にエネルギーを使いました。思った以上に大変でした。まず、学生を前に教壇に立つことが緊張します。授業では学生にうまく伝えたい、うまく教えたいという気持ちがあるんですが、思い通りにはいきません。予想外の反応に戸惑うこともありました」
 そんな松木さんを教授は厳しくチェック、その評価に落ち込むこともあったという。
「経験者の授業を見ると、学生の気持ちをつかむのがうまい。間の取り方も参考になりました」
 ベテラン教師になるには場数を踏まなければ、と松木さんは痛感する。
 大学院修了を前に、「海外で教えたい」と思った松木さんは昨年募集のあった中国の重慶師範大学日本語学科の教員に応募、同大の教員による面接を受け、内定が出た。「社会人経験が長い分、私の価値観を押し付けないように注意したい」と話す。
 松木さんの退職後の生き方についての気づきは仕事を始めたときからだという。「55~60歳くらいが区切りになるだろうと思っていました。ずっと会社にいるのは楽かもしれない。でも、違った方向へ進むのもいいのではないか。私は小椋佳さんのような生き方に憧れていましたね」
 小椋佳氏も銀行を退職後、東大文学部に学士入学し、現在は音楽活動を行っている。松木さんもサラリーマンとは異なる方向へ舵を取った。「会社一筋で来た私たちにとって、少しの勇気が必要かもしれない。でも、大手町に吹く風と大学に吹く風は違う。ぜひ、この風に当たりに大学へ来てほしい」
 今春、松木さんはまた新しい風に吹かれるため、異国へと旅立つ。
(2009.02.04)

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