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りらいぶジャーナル

あるがままの自分とは? 基礎解放で表現力を見に付ける

――仲間とともに自分と向き合う喜びを
俳優・明治座アカデミー講師 藤原啓児さん

 俳優養成の明治座アカデミーでシニアら受講生に接してきた俳優の藤原啓児氏。りらいぶ塾ではそこで行われている基礎解放プログラムを取り入れる。藤原氏にその目的と意義を聞いた。

 劇団はまだ創立25年ですが、後輩指導ということではそれなりのことをやってきました。けれども明治座から俳優養成の依頼があったとき、人生の先輩たちに何を教えたらいいのか、週1回の授業でいったい何ができるのだろうという思いが正直ありました。ですから当初はカルチャーセンターの感覚で準備すればいいのだろうと、休憩時間をふんだんに取りながら、受講されるシニアのみなさんの日常でも人生の夢でも何でもいいので会話を楽しむということで、演劇の関係性につなげていけるようなメニューを考えていたのです。

 ところが、ウォーミングアップから始めて実際の授業で、例えば過去のある事柄を思い出してそのことに集中するというようなことをやっていくと、みなさん50年、60年と生きてきた人生経験に基づいた豊かな想像力を持っているんです。それが簡単なメニューをやっただけでもあふれ出てくるんですね。

 ほかの劇団の方が講師を担当したときでも同じことを感じたと話していました。現実にみなさんが持っている経験や感性はものすごいものがある、ナメてかかるとえらいことになるぞと。もしこの人たちが表現技術を身に付けたら、日本の演劇の層が広がるだろうと思いました。

 このようにぼくがやっている基礎解放プログラムではあるがままの自分をどこまで素直に表現できるか、ということを簡単なゲームで行ったり、過去の記憶の一部をチョイスしてそのことに向かい合って自分がどう感じるかといった体験をしたりとシンプルなメニューで行います。そんなシンプルなメニューでも心が動いて涙を流す受講生がいます。初めのころはそんな人たちを見て自分も泣いてしまい、講師として冷静にならなければと思ったほどでした。人生で一番悲しかった別れの記憶などを話してもらうこともあるのですが、なかには戦争体験者や戦後の大変な時期を生きた方もいらっしゃる。究極の状況下で必死に生きてこられた方々の話が聞けるんですよ。そのとき話をされるみなさんの目に私もすごく引き込まれ、エネルギーを感じ、衝撃が走るのです。

 授業は1週間に1回ですが、その間にみなさんはおのずといろいろなことに向かい合い、自分たちで学習を始めています。例えば単純に声を出す、きれいな姿勢になるということも含めて、自分が60年生きてどこまで自分がわかっているのか、仲間と会って稽古したり話し合ったりして、仲間を通して自分と向かい合うということをしていますね。そして授業が始まる前に、ぼくに読んだ本や見た映画の話もどんどんしてくるようになります。まるで子どものようになって「次は何をやるの」と聞いてきますし、「終わったら飲みに行きましょう」などと声をかけられます。

 自己解放は一生のものだと思っています。あるがままの自分とはどうなんだろうと考え始めるスタートです。1カ月で解放できる人もいますが、それを持続できるかどうかはその後の生き方や鍛錬によります。自己解放をやったからといって大きく変わらない人もいます。でも、そういった思考の方法や生き方を模索していけます。一人ではなくて仲間を通して自分を見つめる、自分の人生と向き合うということを難しく考えず喜びを持って行うということをインプットすれば、あとは仲間を作ったり交流したりしながら、人生のなかに取り入れることができると思います。

 そうすることで家族や仕事仲間から「明るくなった」「すごく活動的になった」「自分のいいたいことをきちんと相手に伝えられるようになった」といわれるようになったと聞きます。なかには「高校生の娘と目を見て話をしたら、ちゃんと聞いてくれたのでびっくりした」とも。自分と向き合うということは他人とも向かい合うということなんですが、普段の社会や生活のなかで摩滅してしまっていることがあるんですね。

 それに自分と向かい合うということはとてもシンプルにできるんだということがわかると、目からうろこが落ちた感じで実生活が楽しくなる。それで周りから元気に見える、前向きに見えるといわれるんだと思います。

 ただ相手が何をいおうとしているかをしっかり聞かないと、自分の心は動きません。いまは相手がこういう表情で聞いてくれているけれど、この人はいったい何を考えているのかという見方を深くしていけばいくほど、表現者として魅力が増してくる。だからすべてのメニューに相手を感じるという要素が入っています。自分のモノローグを話す、人生を伝えるという作業ですら、相手がそれをどう聞いているのか、どう感じているのかを観察しながらやるのですから。「人の話を聞いている」というのも、ではどこまで聞いているのかが問われるわけです。

 受講者のなかには退職してこれからどうやって生きていけばいいのかと模索して来られる方も多いです。その方たちはちょうど団塊の世代。ぼくは団塊の世代の下の世代で、ぼくらが田舎から東京とはどんなところなんだろうと夢見ているときに、団塊の世代は寺山修二のアングラ劇や小説、音楽、そういった文化にものすごく意欲的だった。その人たちが生活のために会社や組織のなかにはめ込まれていったんです。そういう人たちが再び組織から解放されたときに、ものすごい馬力を発揮する。だからこういう人たちがぼくたちの憧れていた東京をつくっていたんだ、その人たちが戻って来るんだという感覚で接していきたいです。

ふじわらけいじ●1960年三重県出身。大学で社会福祉を学びながらアマチュア劇団に所属。卒業後はソーシャルワーカーとして病院や福祉作業所で働き、28歳で劇団スタジオライフに入団。2003年より明治座アカデミー講師を務める。
(2010.03.18)