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りらいぶジャーナル

文化・習慣の違い受け止め、気持ちに余裕

●稲葉瑞郎さん

 「いい加減が良い加減」――。これまで中国で日本語教師を通算5年務めた稲葉瑞郎さん(62)が経験から得たことだ。
 日本語教師として中国に渡った当初は南京市と蘇州市の日本語学校で教えていた。教師はすべて日本人で、初級から直接法で授業を行うという珍しいスタイルだったという。

 「黒板に『あいうえお』と書いて学生に『「あ」と言ってください』と言っても通じない。そこで私が一旦学生の席に座って『あ』と言ってから教壇に戻って学生に復唱させる、というような、非常に効率の悪いことをやっていましたよ」と当時を振り返って笑う。

 現在は無錫市の総合大学、無錫商業職業技術学院の教壇に立っている。今年9月に3年目に突入した。2年生以上の会話の授業を担当している。将来的には日系企業への就職を目指す学生たちが相手だ。ただ、1クラス40人から50人と学生数が多く、現実にはなかなか会話にならない。
 「クラスによってもレベルがまちまち。しかもやる気の全然ない学生も多く、真面目に授業を受けている学生だけを相手にしないと自分が持たない」と本音をもらす。「大学側が用意したテキストもありますが、不適切な教材も多く、その場合は日本から持ってきたテキストを使っています」

 さらに日本人が日常よく使う表現を教えることを心がけているという。
 「たとえば教科書では『おなかがすいた。ご飯を食べよう』ですが、実際には『ハラ減った。めし食おう』と言いますし、『困ってしまう』も『困っちゃう』とも言いますからね」

 言葉遣いだけではない。中国と日本の習慣の違いも教えなければならない。
 「中国では大皿料理が出て来ても小皿に取り分けずに直接大皿から食べます。学生が箸でつまんだ食べ物を私の口に直接運ぼうとしたこともありますよ。
 また、スーパーで買い物をしてレジでお釣りを受け取るとき、店員はつり銭を投げてよこします。同じように学生がレポートを提出するときも、ポイッと投げるように渡します。
 中国と日本は漢字では共通するものの、時間にルーズで行動や習慣もまったく違います。極端な話、教室で何があってもあたふたしないという自信が付きましたね」

 こうしたことは大学側との事務的なやり取りでも同じこと。いちいち腹を立てていては務まらないのだ。

 稲葉さんは長年、学習塾で国語と英語の講師を務めてきた。しかし、53歳のときにリストラに遭い解雇。同じ日本語を使うのだから、という気楽な考えで日本語教師を目指した。ところが、インターカルト日本語学校の日本語教師養成講座の説明会で「感動に近い衝撃を受けた」という。
 「同じ文法でも、日本人が日本語を使うときにまったく気にしていないことを取り上げる。たとえば動詞に『て』を付けると、『行く』が『行って』に、『飛ぶ』が『飛んで』に変化する。なぜそうなるかなんて、考えたこともありませんからね。日本語教師など日本人なら誰でも務まるだろうと考えていたら、とんでもないと感じました」

 講座修了後はしばらく同校に非常勤講師として務めていた。しかし、生活費を稼がなくてはならず、海外で安く生活しようとインターネットで求人を探して南京に赴任、その後蘇州に移った。蘇州の学校を辞めて帰国したが、何もすることがなかったので本を書いたという。『中国の教室からイ尓好 日本語教師奮闘記』(文芸社)がそれだ。「中国から友人知人にあてて通信を送っていました。それを元に原稿を起こしたものです」

 稲葉さんは国語の塾講師としての経験があるため、文法など何に気をつけなければならないかということがわかっている点では日本語教師として有利だと話す。
 「ただ私にはないビジネス経験を持った方なら、その経験を中心に教えることで自分を生かせると思います。また、相手の学習者も初級を修了した大学生のほうが教えやすいのではないでしょうか」

 様々な違いを受け止めながら、いまの中国の生活を楽しむ稲葉さん。「いい加減が悪くなったら帰国のとき」と気持ちに余裕を持った生き方だ。
(2009.11.16)

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