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りらいぶジャーナル

『貧困の僻地』

『貧困の僻地』
曽野綾子著(新潮社・2009年5月15日発行)
1400円+税


 地図を見ていてA地点からB地点まで何キロと表示があれば、およその移動時間が判断できるものだ。日本国内はもとより欧米についても然りであり、旅をするうえでそれが私たちの常識となっている。
 ところが、アフリカを始めとした海外のいわゆる「僻地」ではこうした概念がまったく通用しない。わずか数十キロの道のりに半日以上を費やすこともあり、むしろそれが当り前なのである。こうした時間と距離が僻地に何をもたらしているのか。本書における「アジア」への言及は最終章のみだが、今回は一歩踏み込んでマダガスカルを中心としたアフリカ僻地の現実、私たちの日常生活からは思いもよらぬ世界を描いた迫真の一編をご紹介したい。

 カトリック教徒として知られる曽野氏は、長く「海外邦人宣教者活動後援会(JOMAS)」や日本財団の代表を務め、その活動の一環としてたびたびアフリカの僻地を訪れている。近年、こうした援助団体に集まった善意の浄財が、相手国に渡るや闇に消えてしまうことが多々見受けられる。
 氏は自らの援助資金の使途を査察するため、幾多の困難に耐え、長い時間をかけて道なき道を査察地へと向かう。やっとたどり着いた地の果ての村で氏が見たものは何であったのか。想像を絶するそんな僻地の村でも、自らの死をもいとわず貧困と対峙し、日々懸命に活動を続ける日本人がいる。

 本書は表題の通り「貧困の僻地」における現実を描いた作品である。ところが一方で、こうした世界最貧の僻地から見た現代日本と日本人のありようが見事に照射されている。例えば「今の日本の問題点は、誰もが一斉に幼児化していることなのである」とする一文などはまさに正鵠を射た指摘であろう。

 全編に心を洗う示唆が散りばめられ、読む者は自らの生き方そのものを考えさせられる。今日の世界では絶対多数を占める貧困地域とそこから見た日本を知るうえで、世代を超えてお薦めしたい好編だ。「貧困の僻地」は、現代日本に生きる私たち自身の心の中にあるのかもしれない。


小田俊明のアジア通読本バックナンバー

【小田俊明】旅行作家。大手エンジニアリング会社に在職中、中東を中心に世界各地の大型プラント建設プロジェクトを歴任。早期退職後、2002年より執筆活動に入る。タイでは同国政府観光庁他の要請により、日本人にまだ知られていないタイ各地を巡り、その魅力を現地バンコクの情報誌等を通じて紹介。中高年層にも向く新しい切り口の紀行エッセイとして『ウィエン・ラコール・ホテルの日々』(文芸社)にまとめる。本ウェブにコラム「まだ見ぬ癒しのタイランドへ」連載中。