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りらいぶジャーナル

『カラー版 メッカ―聖地の素顔―』

カラー版 メッカ―聖地の素顔―』
野町和嘉著(岩波新書・2002年9月20日第1刷発行)
1000円+税


 本年春、東京都写真美術館において、野町和嘉氏の写真展「聖地巡礼」が開催された。今回は近作「インド」を加えて氏の作品群の集大成である。静謐(せいひつ)な空間に掲げられた写真の数々は私たちの日常生活では思いもよらぬ異世界だ。人々の祈り、ざわめき、乾いた大地、河の流れや火が弾ける音、写真の背後にある様々なものが次から次へと押し寄せて来る。写真の持つ普遍性、写真でなければ表現できないもの、一枚の写真はなんと饒舌(じょうぜつ)なことだろう。人々の営みを切り取った写真の数々は永遠なる「何ものか」に昇華され、これはもう芸術の域を凌駕(りょうが)している。

 サハラ、ナイル、エチオピア、アンデス等々、氏の写真集はこれまで世界の国々で出版されるや圧倒的な支持を集め、人々に大きな影響を与えてきた。写真展「聖地巡礼」にあるインドの作品群も息を呑む傑作ぞろいだ。今回は数ある野町作品の中からイスラームの聖地メッカの素顔を活写した一編をご紹介しよう。私たちにとって、イスラームはまだまだ知られざる世界であり、近年相次ぐテロなどによって異端の宗教と思われがちである。しかし全世界12億ともされるこの宗教の原点はどこにあるのか。なぜイスラームは世界を席巻し今なお増え続けているのか。本作は異教徒の立ち入りを厳しく拒む聖地メッカとメディナに入り、ハッジと呼ばれるイスラーム大巡礼やラマダンをわかりやすい文章と数々の傑作写真でつづった稀有(けう)の一冊である。

 野町氏は語る。「日本の社会がこの数十年、経済的豊かさに向って疾走する間に無視したり切り捨てたりしたりしてしまった人間関係の濃密さが、イスラーム社会では崩れることなく、受け継がれていることを実感させられる。その点では、イスラームこそ、今の私たちの”視えない社会“を映してみせる格好の鏡ではないかとしみじみ思えるのである」。世界は広く人の考え方や価値観も様々だ。そして、その根源を成す宗教も然りである。本書以外にもダライ・ラマ14世とのコラボレーション『ゆるす言葉』(イーストプレス)や『祈りの回廊』(小学館文庫)も広くお薦めしたい。


小田俊明のアジア通読本バックナンバー

【小田俊明】旅行作家。大手エンジニアリング会社に在職中、中東を中心に世界各地の大型プラント建設プロジェクトを歴任。早期退職後、2002年より執筆活動に入る。タイでは同国政府観光庁他の要請により、日本人にまだ知られていないタイ各地を巡り、その魅力を現地バンコクの情報誌等を通じて紹介。中高年層にも向く新しい切り口の紀行エッセイとして『ウィエン・ラコール・ホテルの日々』(文芸社)にまとめる。本ウェブにコラム「まだ見ぬ癒しのタイランドへ」連載中。