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りらいぶジャーナル

恐怖の国境越え

■言わせてもらおう 私の提言 -井口恒夫-

 マイペンライ・シリーズその4。
 クルングテープ(外国人はバンコクと言う)から約600キロメートル北にあるチェンマイは日本からの直行便もあってよく知られている。さらにそこから北方約135キロメートルのチェンライはビルマ(現ミャンマー)の国境に近く、一度訪問したいと思っていたところ、事務所の関係者が行くというので同行させてもらった。

 チェンライから車で少々、国境に到着。タイ王国側とビルマ側にそれぞれ国境検問所があり、窓口には役人が座り込んでいる。けれども、同行者はスタスタと検問所を通り過ごしてあっさり国境を越えてしまった。

「オイッ、そっち側に行くのかよっ!」
「そうだよ」
「俺はパスポートもビザもないんだぞ、行ける訳ないじゃあないか!」
「そんなのマイペンライ。早く行こうよ」
「そ、そんな危ないことできないよ」
「大丈夫だよ、何にも言われないよ。渡って来なよ」
「だけど、帰れなくなったら大騒動になるよ。俺は行かない」
「どんなことが起こるのさ」
「どんなことって――」

 一見知らん顔をしている検問官を横目で見ながら、恐る恐る国境を越えた。すると一緒に渡っていた仲間の一人が相手側の検問所に行き、こっちを見ながら何かしゃべっているじゃないか。

「おいっ、あいつ何しに行ったんだ」
「そりゃ、話をしにだろ」「いったい何を話しているんだ」
「ええと――、あなたのことを教えている、日本人がいるって」
「バカーッ! タイ人に化けているのに何でバラすんだよ!」
「マイペンラーイ。向こうは珍しいものを見たって感謝しているよ、ほら」

 検問官は立ちすくんでいる当方を見て、チョンとあごを上げた。とても恐い顔つきではあったが、動く様子はない。

 その後は気もそぞろに小1時間くらいで引き返したが、帰りに一瞥した検問所辺りに、何と7、8人が首をそろえ、興味深々たる風情で私の一挙手一頭足をじーっと見つめているではないか。体はガクガク、歯はガチガチ、それはそれはコワーイ思い出となった。確かに国境越えそのものはマイペンラーイではあったけど。


【井口恒夫】退職後に10代の若者たちに混じり、専門学校で調理師免許取得。食品衛生の仕事に携わりながら、地元の少年補導員としても活躍中