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りらいぶジャーナル

日本語教師 シニアに熱気

 日本語教師をめざすシニアが増えている。外国人に日本語を教えるという退職後の生きがいある生き方のひとつとして認知されつつある。R&Iでも特にロングステイ希望者に対し、日本語を教えるという目的を持ったうえでの海外生活を勧めているが、すでに日本語教師養成講座で若者に交じって勉学に打ち込み、海外での活躍を夢見るシニアの姿が目立っているようだ。

■検定試験受験、50代以上で増加
 日本語教育に携わるための資格は特に定められていないが、財団法人日本国際教育支援協会は日本語教師としての知識や能力を計るための日本語教育能力検定試験を毎年実施している。その受験者を年代別に見ると、全体では減少傾向にあり、各年代も受験者が減っているなか、50歳以上はここ数年、毎年増加している。2008年度には50歳以上の受験者が1000名を超え、全体の22%を占めた。この傾向について同協会日本語教育普及課の真鍋秀樹課長補佐は「社会の動きに連動して価値観が変わり、人の役に立ちたい、新しいことにチャレンジしたいというシニアが増えている。地域の外国人に日本語ボランティアとして関わりたいというシニアも多いのでは」と見ている。
>>財団法人日本国際教育支援協会資料「日本語教育能力検定試験全科目受験者年代別比推移」より

■学習熱心なシニアに期待
 1976年から日本語教師養成講座を開設している千駄ヶ谷日本語教育研究所では2008年の受講生の約3割が50歳以上だ。吉岡正毅理事長は「社会経験を積んだ方は日本語を勉強している学生が何を欲しているか、その学生に不足している力は何かを判断できる。そして必要な資料などを準備し、授業を組み立てることができる」とシニア教師を評価する。
» 吉岡理事長インタビュー(近日掲載)

 首都圏では講座数が最多というアークアカデミーの泉均池袋校校長は「シニアは勉強熱心。さまざまな年代が集まるクラスのなかで最初はこれまでの経歴を引きずってしまっていても、だんだん同じ人として付き合えるようになり、同じ志を持った仲間としての意識が強くなる」とシニア受講生の姿を見ている。同校でも50歳以上が3割を占めている。
» 泉池袋校校長インタビュー(近日掲載)

 もともと国際交流活動から日本語教育が始まったという東京中央日本語学院では、日本語を学んでいる外国人と教師養成講座の受講生と共にバーベキューや温泉旅行など多くのイベントを通じての交流が盛んだ。白井義弘学院長は「こうしたイベントでもシニアが活躍している。温泉に入りながら日本文化を教えたり、留学生を飽きさせない授業など、若い人には真似できない人付き合いができる」とシニアへの期待を語る。同校でもシニア層の受講が多いため年齢の幅が広がったという。
» 白井学院長インタビュー(近日掲載)

■希望膨らむ“若き”シニア教師

 小学校の同級生が定年退職後にマレーシアで日本語教師をしていると聞き、興味を抱いた渡邊勝太郎さん(65歳)はアークアカデミーに入学した。「教えて喜ばれる仕事だと言う彼の顔が生き生きしているんですね。私も今まで組織のなかで働いてきましたが、これからは自分で切り開いて、自分が発信するということなんだと思ったんです」。
 「教科書をそのまま教えてはいけない」と指導され、教案作りに苦労したが、生徒の「わかった」という顔を見るたびに達成感を感じた。昨秋卒業し、現在は地元国際交流協会での日本語ボランティアと日本語学校での生活会話の講師を務める。「今も修行の身。もっと自分を磨かなくては」と意気込む。


 父親が中国・大連で生まれ育ったことから、幼いときから「日本と中国の架け橋になりたい」と願っていたという金井節子さん(57歳)。ある日、退職した先輩から日本語教師の話を聞いた。韓国の子どもたちに日本語を教え、さらに日本語を教えるために英語も勉強しようとしている先輩の姿に憧れ、自分も行動しようと決めた。退職後、ヒューマンアカデミーに入学し、娘の机を引っ張り出し、半年間、机にへばりついて勉強した。その姿を見て家族も協力してくれ、今年1月に無事、卒業した。
 金井さんは看護師・保健師の仕事を35年間続けてきた。今、その経験を活かし、これから日本で活躍するインドネシア人など外国人看護師のために働きたいという希望がある。そして将来は「大連で日本語を教えながら生活してみたい」。そんな夢を描きながら、「自ら学ぼうとする力を学習者から引っ張り出せるような教師」をめざしているという。
(2009.04.20)